【ム】無添加で綴ります
人に話したり歌にしたりできない、排泄に失敗したくすぶりをここに書いてきた。
この頃はそれがあまりないから書くことも畢竟減ってくる。
生きているとストレスのようなものがかかる。これは悪いことではなくて、むしろ、そのストレスを得て、発散してという循環こそが、生きる上での心の生理機能なのだと思う。
ストレスと書くとどうにも悪いイメージがつきまとうが、恋のときめきみたいなものを含む、刺激やひずみを、ここではストレスと呼ぶ。
革の財布にしばらく触れないとパサパサに乾燥するように、心にも適度なストレスが必要である。
人と話すことや何かを創ることはこのストレスを昇華させることでもある。
でも、その中で余ってしまうストレスがある。こんなものは人に話せない、こんなものは歌にできない、という、消化の悪いストレスがある。(これも悪い意味のストレスではなく、マニアック過ぎて披露しても多くの人には面白味に欠けると思われる類のものを指す)
その部分をどこかひらけた場所に書き出そうとして始めたのが「もののイロハ」の始まりである。
僕はこの頃小説を書いている。小説というのはある程度何をやっても成立する寛容なジャンルなので、畢竟ここに書くようなことはそちらで昇華されていくことになる。
だから、何が言いたいかというと、僕は書くことに飽きたわけではないということである。
残飯のようなストレスをこれからも昇華させていくので、気長に更新を待っていてほしい。